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思ったままをつづります・・・


by りょー
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第1章 ◆出会い◆

何の変哲もない、ただ平凡に過ぎ去る日々の中で、それは突然現われた・・・。





クラクションが鳴り響く、若者が今の楽しみだけを考えながら友人と歩いている。
ガヤガヤと騒がしい街の中を、ただボーっと歩いていた。
今日もいつもと変わらず天気がいい。快晴だ。
雲ひとつない青空が終わりのない空に広がっている。
こんな日は、緑が多い公園で何も考えずに過ごしていたいものだ。
だけど、私にはそんな時間はどこにもない。仕事をこなさなくてはいけない。

どうして、都会はいつもこんなに慌しいのだろう。
道を歩く人も、電車に乗っている人も誰ひとり心にゆとりがあるようには見えない。どこか急いでいて、どこか落ち着きがなくそわそわしている。
私もその波に流されっぱなしで毎日を過ごしている。

おかげさまで、仕事は意外とできる方である。
でも、仕事ができるからって何なの?何がエライの?
そんな事に毎日、自問自答をしながら、淡々と仕事をこなしている。

「・・・なき・・・。水菜喜ったらっ!お昼休みが終わっちゃうよ!急がなきゃ。」
沙樹が言った。

「あ・・・ごめん。ボーっとしてた。」

「まったく・・・」
沙樹はため息をついた。いつもなんだからって言わんばかりの顔だ。

「あたしの話、聞いてた?水菜喜ったら、何を考えてたの?」
毎度のことだけど沙樹は、私がいつも何を考えているのか解らないみたいで、
必ず聞いてくる。

「ん?・・・何を考えてたんだろう・・・?自分でもよく解らないけど、心にゆとりを持たないとなぁって思ってただけ」
私は、ちょっと微笑みながら沙樹が待っている答えに回答した。

「長年付き合っているけど、やっぱり水菜喜はよく解らないね。」
沙樹は不思議そうに答えた。

そう、私は人に理解しづらい人間のようだ。自分ではこれが普通なんだけど、
考えていることがよく解らないと昔からずっと言われている。
自分の親でさえもきっと解らないんだろうなぁ。
ただ、幸せなことに友人や家族もそれが当たり前で、そんな私を認めてくれている
ということだ。沙樹も理解してくれているから、深くは聞いてこないし、
私がボーっとしている時は自分の話をひたすらしているか、黙って一緒にボーっと
してくれる。

パソコンをカタカタとタイピングする。
まわりではコピー機が忙しそうに動いている音が響く。

「高橋さん、これも頼んでいいかな?」営業第2課課長の立花さんが言ってきた。

ビクッとした。立花課長が私に話しかけてる。・・・といっても仕事の依頼だけど。
でも、このカッコよさといい渋さといい、やっぱり女性社員から人気があるのも
納得できる。あまりにもキラキラしていて直視できないくらいだ。
目がくらむとは、まさにこの事だ。

「高橋さん?」不思議そうに私の顔を覗き込む。

「・・・あっ。すみません!ボーっとしちゃって・・・。わ、解りました。すぐに作成します。」

「宜しくね」
誰もが痺れそうな微笑みで書類を渡すと、スタスタと席へ戻っていった。
危なかった・・・。
立花課長にボーっとしてたなんて言えるわけないし、見破られるわけにはいかない。まわりの女性社員が羨ましそうに私を見ているのが解った。沙樹が遠くの席でいいなあって顔をしている。早速、沙樹から社内メールが送られてきた。


水島沙樹:
ちょっとぉ!すごいじゃん!立花課長の仕事を手伝うことができるなんて!
どうして、あたしに依頼してくれなかったのかなぁ・・・。
水菜喜が羨ましすぎるぅぅ。

高橋水菜喜:
そんな事ないヨォ。たまたまそこにあたしがいたってだけだよ。
だけど、間近で見るとほんとに立花課長はカッコいいよね!
思わず見とれてしまったヨォ・・・。すごく恥ずかしい。

水島沙樹:
当たり前じゃない!あんな人に目の前で微笑まれると、全世界の女性はみんな
失神するわよ!失神しないのは唯一、水菜喜くらいだと思うよ(笑)
水菜喜は、変わってるからねぇ。

高橋水菜喜:
そんな事ないって!あたしだって失神寸前だったんだからっ(笑)
とにかくラッキーな事には違いない!頑張らなくちゃっ。沙樹も仕事頑張って!

立花課長は、会社の王子様みたいな存在だ。立花課長が道を歩けば、傍にいる
女性社員はみんな立ち止まって振り返るくらいの美貌を持っている。
だからといって、ナルシストではなく、世の男性人が見習ってほしいくらいの
紳士的な人なのだ。
あんなにカッコいいのに独身で、どこに住んでいるのかも不明な謎な人だけど。
彼が配属されてきたのはつい2ヶ月前のことだった。それ以前にどこにいたかも
よく解らないけど、どこからともなく現われて、会社の女性社員を一瞬にして虜に
してしまったすごい人。仕事ができて性格も優しく紳士的で、こんなに完璧な人がいてもいいのかって思うくらい。
だけど、私はあまり興味がない。すごくいい人なのは解っているのに。

私はきっと、あの時以来、恋愛をするための頭のネジをどこかに落としてきてしまっているんだ。

そう、3年付き合っていた男から遊ばれて、紙くずをゴミ箱に投げ捨てるように
ポイッと捨てられたあの事件。あれは忘れもしない苦い思い出。
思い出にもしたくない、記憶から消し去りたいくらいの経験だった。
まぁ、馬鹿が付くほどまじめだった私がダメだったといってしまえばそれで
終わってしまうが。
とにかくそれ以来、男性恐怖症というか、男性に対して恋だの愛だのそんな感情は、感じなくなってしまった。簡単に言うとセックスをしても感じない不感症と同じようなものだ。致命的な心の傷になってしまった。
あの時は、沙樹やお母さんに散々お世話になったし、感謝している。
それと私が愛してやまない愛猫のピースには・・・。
猫がしゃべって励ましてくれるわけでもないが、とにかく傍に黙って座って励ましてくれているような気がしただけだ。

私は今、実家から離れて、都会にマンションを借りた。
一人と一匹で生活している。独身女性が猫を飼うと婚期を逃すとよく言われたもの
だが、そんな事関係ない。
あの事件があってからすでに婚期を逃しているようなものだし、ピースは、その後、我が家にやってきた。
あの頃は、とにかく一人でいる空間に耐えられなかった。
そんな時、仕事の帰り道、一人で(正しくは一匹だが、私はピースを人間としてみている)寒そうに佇んでいる子猫がいた。
思わず抱きかかえ、凍えている体を温めてあげた。

あの日、街には初雪が降っていた。
そんな中、親猫が近くにいる気配もないピースがその時の私に見えて仕方なかった。誰にも頼れず、孤独におびえている私に・・・。どうしようか迷った。
マンションでは動物を飼ってはいけないと言われていたし、だからといってこの子を一人置いて、ここから立ち去る事なんてとうていできるわけがなかった。
覚悟を決めて、マンションの大家さんに土下座して頼み込んだ事を思い出す。
必死だった。私は泣きながら頼み込んでいた。その意気込みに負けた大屋さんが
あきらめて許してくれたっけ。
ただし、近所には解らないようにすることが絶対条件だった。私は嬉しくてピースを抱きかかえ家へつれて帰った事をはっきり覚えている。
それが、私とピースとの出会い。運命の出会いだった。

そんな事を考えている間に、立花課長から依頼された書類作成が終わった。
私は、ツカツカと立花課長の席へ向かった。

「立花課長、お待たせしました。ご依頼の書類です。
一度目を通していただけますか?」
平静を装って、できる女を演じながら微笑んだ。

「おっ、ありがとう。相変わらず高橋さんは仕事が速いから助かるよ。」
予想通りの爽やかで優しそうな微笑みを返されてしまった。
これには流石の私もたちまち魔力にかかりそうになってしまった。危うかった。
ピストルで一瞬に心臓を打ち抜かれたような感じだ。
思わず顔がほんのり赤くなってしまい直視する事ができなかった。

ある意味、立花課長の微笑みは魔力のひとつだと思う。
この微笑みで赤くならない女性なんてこの世界にいるはずがない。
間違いなくこの会社にはいないだろう。
しかも、【仕事がはやい】って今までそんなに一緒に仕事をした事がなかったのに、見てくれてたんだ。感激だ。
やっぱりモテル男は、見る事も発する言葉も違うな。
そんな事を思ってボーっとしている私にまたしてもとどめを刺してくる。

「どうしたの?」不思議そうな顔をしているけど、微笑んでいる。

「いや、あの、何でもない・・・です・・・。すみません。」
何を言ってるんだ私は。つくづく自分の男に対する免疫力の無さに情けなくなる。

「では、失礼します。」

そそくさとその場を去ろうとした時、「高橋さん。」立花課長が呼び止めた。

これ以上微笑まれると、きっと私はその場に倒れてしまいます!と心の中で
叫びながら、どうにかこうにか平静を装った。
「何でしょうか?何か間違えでもありましたか?」

「いいや、そうではないよ。もうひとつ頼みたい事があるんだけど。」
そういってまたあの必殺技の微笑みを浮かべている。

「はい?」私は一生懸命直視するように心掛けた。

「今晩、その打合せをしたいんだ。時間空けておいてもらえるかな?」

今なんて・・・?それは、どういうこと?
一瞬頭の中が真っ白になった。
何のことを聞かれているのか、よく理解できなかった。
いいや、そうじゃない。
夢ではないかと現実を受け入れるのに必死だった。

ボーっと突っ立っている私を見た立花課長が、恥ずかしそうに続けて付け加えた。
「無理・・・ならいいんだ。別の機会にでも。ただ、食事しながらでもいいかなと思っただけだから。」
どう見ても立花課長がうろたえている。

どういうことなんでしょうか?と自分に自分で問い掛けながらも、
全身に力を込めてようやく振り絞って出てきた言葉が
「全然構いませんよ。それでは、のちほど。」だった。

そして、ツカツカと自分の席へ戻ってきた。
緊張していたせいで、全身の力が抜け、椅子にへたり込んだ。
何だったんだろう。
今でもついさっきまでの会話を呑み込めずにいた。
頭の中を一生懸命整理した。
整理するのにそんなに時間は掛からなかった。
要するに仕事が終わった後で、あの女性社員に人気のある立花課長と食事をすると
いうことだ。だけど、二人っきりかどうかなんて解らない。
なんていったって仕事の打合せだからだ。そうか、二人で食事に行くわけがない。
だって、仕事の打合わせだもの。
一気にホッとした。二人っきりではない事に。そんな事あるはずが無い。

今までだって、私の知る限り、立花課長がこの部署へ配属されてきてから、
会社の女性と二人で食事に行くという事はなかった。
だから今回もそんな事があるわけが無い。私は自分に言い聞かせた。
もし、今までに女性と二人で食事に行ったことがあるのなら、ここの女性社員が
噂をしないはずが無いもの。情報はすぐにでも入ってきているはずだもの。
だけど、これまでにそんな噂が流れていないという事は、そういうことはなかった
という事だし。そうだ、仕事の打合わせで複数の人と行くに決まっている。

そんな事を物凄いスピードで考えていると、
異変に気づいた沙樹が駆け寄ってきた。

「ちょっと!立花課長と何を話していたの?すごく長く話していたでしょ?
教えてよっ。」
沙樹は興味津々って言う顔で私の顔を覗き込んでいる。
だけど、いつもの私でない事に気づいたらしい。

「なに?もしかして・・・水菜喜。」
私の表情と空気から、ただ事ではないと感じ取ったようだ。

「そう・・・。今日、仕事が終わった後、食事に誘われたの。」
沙樹の顔を見ると言葉を失っている。
私はとっさに勘違いされないように付け加えた。

「仕事の打合わせでね。だから、二人っきりとかじゃないよ、もちろん。」
きっぱり言い切ってみせた。

「うっそー。すごいじゃない!あの、立花課長と食事だなんて!」
目が爛々としている。

「でも、仕事の打合わせだから、きっと他の人も一緒だわ。」

二人っきりだろうが複数だろうが、沙樹には関係ないようだった。
とにかく立花課長と食事に行くということだけが、すごい事だと言い張っていた。
「とにかく、仕事が終わったら、すぐにトイレに駆け込んで化粧直しをするのよ!
取れかけの化粧のままで食事だなんて絶対だめ!わかった?水菜喜?」
どこか沙樹は楽しんでいるようだ。すごく嬉しそうにも受け取れる。

「どうしてよ。打合わせなのよ。そんなにおめかししたって意味がないよ。
それに、あたしはそういうつもりで行く訳でもないし・・・」
言いかけると、すぐに沙樹が言葉を挟んできた。

「だって、水菜喜が恋をするチャンスかもしれないのよ!
相手は誰だって構わないの。
だけど、会社で有名な、あの立花課長と食事にいけるなんて、
そんなラッキーな事はないわ。
あたしは、少しでも水菜喜に恋をしてもらいたいの。
付き合えってわけじゃないのよ、恋をするきっかけになればと思ってるの。」
沙樹の気持ちは十分過ぎるほど伝わってきた。
だって、あの事件以来、一切男を寄せ付けなかったからだ。
沙樹が一番心配していた事だから。沙樹にはすでにお付き合いをしている彼がいた。恋愛が楽しいもので、あの事件はたまたま運が悪かったんだとずっと私に言い聞かせていた。

あれから、5年。まったくこの5年間、恋愛とは無縁だと思ってきたからだ。
沙樹は、私に幸せな恋愛をしてほしいとずっと願っていた。

「そうだけど・・・。でも、今回は仕事の打合わせだし、恋愛のきっかけとかにはならないと思うの。もちろん立花課長は素敵な人だと思うよ。だけどホントにそんな気はないんだってば。」
どんなに説明しても沙樹はお構いなしって顔をしている。
私は沙樹の操り人形みたいに、やられるがままだった。仕方ない。
今回だけだと自分に言い聞かせていた。
絶対に、私が恋に堕ちるはずがないことも解っていたから。
とにかく今日というこの日を乗り越えれば、沙樹も大人しくなってくれるだろう。

そんな事を考えているうちに仕事の就業時間が終わった。
どうのこうの言いながらも、結構緊張している私に気づいてびっくりした。
そうだ、考えてみれば、この5年間ずっと、男の人と一緒に食事をするだなんて
ご無沙汰だったんだ。
突然、今自分がどれだけ大きな舞台に立とうとしているか、が理解できた時には
遅かった。立花課長が近づいてきた。

「さぁ、行こうか?」
そういって優しく微笑んだ。またもや秒殺だ。

私は小さく頷くと立花課長の後をトコトコとついて歩いた。
今頃になって怖くなってくるなんて。この私が・・・。
だけど、今更逃げるなんてできない。
どうしてあの時、断って別の機会にしなかったんだろうと後悔した。
でも、断ったところでまた別の機会ということは、同じ事かとも思うとどちらに
してもこの舞台からは逃げられない事に気づいて腹をくくった。
恐る恐る私は聞いてみた。
「あのぉ・・・今日は他に誰か来るのでしょうか?」
声が震えていた。こんな弱弱しい私は、私らしくない。

立花課長は不思議そうに私を見て、すぐその後に、優しく微笑みながら答えて
くれた。「心配?」どことなく、私をからかっている様にも見えた。

何となくムッとして答えた。
「そんなんじゃありませんけど。
ただ、ちょっと気になって聞いてみただけです。」

すると悪かったって言うような顔をして
「大丈夫だよ。」と答えた。

一気に緊張の糸が解けた。やっぱり。安心と同時にちょっと残念な感じもした。
結構、二人っきりに期待していたのかもしれない。
おかげで、すらすらといつも通りに話をする事ができるようになった。

「立花課長って、不思議な感じですよね?」
何を言っているんだろう、私。
いきなりこんな質問。

ちらりと立花部長を見ると私の顔を見て優しそうに微笑んでいた。
「不思議かぁ。そうかな?」
眉間にしわを寄せて言った。

「何となくですけどね。だけど、そんなにカッコいいのに独身だなんて・・・。
課長を放っておく人なんて、いないと思いますけどね。」
ズバリ言っている自分に驚いた。
これは、立花課長のあの優しいオーラが何でも話させてしまうんだとそう思い込んだ。私だって社会人だもの、そんな事、普通は絶対に聞けないし。
きっとこれも課長の魔力のひとつなんだ。

「そんな事はないよ。
自分が想っている人に、振り向いてもらえなければ意味がないだろう?」
そういって遠くの街の灯りを悲しげに眺めながら言った。

こんな顔をしている課長を見るのは初めてだ。
いつも、優しそうな微笑みを浮かべて、みんなが逆に元気を与えてもらっているのに、今ここにいる課長は、どこか悲しげで寂しげな発言をしている。
どうしたんだろう。
こんなに完璧な人にも、悩みの一つや二つ、特に恋愛面であるんだと驚いた。
私だけだと思っていたのに。
私だけがどうしていつも悪いくじを引いているんだと。
恋愛する資格がないんだとまで思っていたのに。

「私、課長は完璧で望むものはすべて簡単に手に入るんだろうなって思ってました。」

立花課長がププッと笑いながら言った。
「俺が?完璧?面白い事を言うね。」
立花課長は、おなかを抱えて爆笑している。

私、おかしい事言ったつもりもないのに。何がそんなに面白いんだろう。
「面白くもありません!何がそんなに面白いんですか?」
ちょっとムッとしていった。

すると立花課長がごめん、ごめんと言わんばかりの顔で、
だけど、まだ笑いをこらえながら答えた。
「ごめん、あまりにも突拍子もない事を言うもんだからつい、面白くて笑っちゃったよ。高橋さんって天然なんだね。」
そういって笑いを落ち着かせようと深呼吸をして続けて話した。
「完璧なモノなんてこの世のどこにもないよ。必ずどこかがかけているからね。
僕だってその一人だし。今は完璧ではないんだよ、今はね。」
意味ありげに言った。

その時には、何を言っているのかよく解らなかった。
だけど、最後の【今は】って言葉がすごく引っかかったのは確かだ。
人間は完璧じゃないという回答も納得できた。
だからといって私には、立花課長が完璧にしか見えないけどなぁ。
本人には本人の悩みや、目標があるのかもしれないとも理解すると完璧じゃないと
いう答えも納得できた。
とにかく、そんな話をしながら歩いていると食事をするレストランに辿り着いた。

すごく煌びやかで、上品なレストランだった。
こんなに素敵なレストランに今まで入った事がない。
立花課長がチョイスしそうなおしゃれなお店だと思った。
普通の一般ピープルが入れそうなお店ではないことは確かだ。
どこかのセレブな奥様方が入りそうなお店だった。
お店の店員が近寄ってきた。
「立花様ですね。こちらへどうぞ。」とテーブルへ案内してくれた。
予約してたんだ。いつの間に。

「どう?気に入ってくれた?」
嬉しそうに、店内をくまなく見渡していた私に優しく微笑んだ。

「気に入るも何も・・・。こんなお洒落なお店に来たの、生まれて初めてです。
課長はいつもこういうところに食べに来られてるんですか?」

「いつもではないよ。たまにかな。」
まるで私を親が子供をみるような目で優しく言った。

「ところで、他の人はいつ来られるんですか?」
忘れてた。他に人が来ることを。

「もうすぐ来るよ。あいつはいつも遅れるから。」
そういってにこっと笑って言った。

誰なんだろう。
そういえば、立花課長の優雅さに見とれて気にもとめてなかった。

「あの、仕事っていったいどんな事をやるんでしょうか?」私は聞いてみた。

「実を言うと依頼する仕事って、何かをやるとかではないんだよ。
もうすぐ来る人間が来てから話すよ。」
意味ありげに課長が言った。
何かをやる仕事ではないって、どういうことなんだろう。
私にはさっぱり理解できなかった。

そんな事を考えていると、レストランのドアの方で、何やらあわてて入ってきた人がいた。男の人だ。それも、立花課長とまけず劣らずの美形の男性。
男の子?どっちなんだろう。年齢は、私より二つくらい上のようだ。
世の中に、立花課長と同じくらいの美形の人がいるとは思わなかった。
今日はラッキーなのかも。美形な男性を1日に二人も見られるなんて。
彼はどこの席に座るんだろう。いつの間にか、彼を目で追っていた。
彼はツカツカとこちらへ向かって歩いてきた。
待っている人ってもしかして、この人なの?

「お待たせしました。立花さん。」彼が言った。

私はびっくりした。だって、美形の男の人を、このテーブルで独り占めにして
いいものなんだろうか。まわりのテーブルに座っている女性たちの視線が、
痛いほど向けられているのが解ってしまう。
しかも、向けられているのは私にではなく、私の目の前にいる男性二人にだ。
女性たちは、彼らの体に穴が開くほど見ていた。
そして、私を見て、なんでこんな子があれほどの美形な男性二人と一緒にいるのって感じの冷たい視線も同時に向けられていた。
私だって信じられないのに・・・。
世間はそんなに優しいものではない。
やっぱり、外見が評価対象なんだろうなと改めて実感せざる得ない。

「待ったよ。」立花課長は冗談交じりに、にこっと笑って言葉を彼に返した。

「となりの彼女にも待たせてしまってごめんなさい。」
そう言って、申し訳なさそうに微笑んだ。

私は急いで、引きつった微笑みで首を振って答えた。
精一杯の微笑みだったんだけど、きっと引きつっていたに違いない。
なにせ、キレイ過ぎて言葉も出なかったので、ボディランゲージで伝えるしか
方法がなかった。それと同時に彼の微笑みで顔が赤くなっていた。

その時、何か懐かしいというか、どこかで会ったことがあるような不思議な感じが
した。でも、彼と会うのは今日が初めてなのに。
彼は、ブラウンとブラックが混じった髪の色をしていた。
身長は180センチと言ったところだ。スマートだけど、
がっちりしている感じのスタイルで、俳優をやっていると言ってもおかしくない
くらいの風格とオーラがあった。
それが、彼とのはじめての出会いだった。
by o-ryoko | 2006-01-18 13:34 | 小説